【橋田寿賀子さんを偲んで・・・】男性社会で自立してきた女性の生き方

PPF
【昭和のテレビを作った人逝く】

昨日名脚本家として長年第一線を貫いた橋田寿賀子さんの死去がニュース速報として流れました。今の時代の人が橋田さんに興味を持つのか?と疑問を感じましたが、
男性社会で頭角を現わし経済的な自立を成し遂げた人の生き方は今の時代の女性にも何か参考になるかもしれないと思い、今日は橋田寿賀子さんとそれを支えた人たちをいつもながら私の頭の中で行われた妄想の様子を勝手ながらお送りしたいと思います。

【橋田寿賀子という人】

10.6.1
ヒセウアビ

橋田さんは職人気質の社会軸です。
人がどう思うとか、常識がどうとかより「ピン」ときたときに居ても経ってもいられなくなる人です。これがしたい!と思ったら寝食も忘れて集中してしまう性質の人です。また、人から注目を浴びたいと思う性質も備わっていますが、アイドルになりたいとか女優になりたいとかそういうたぐいのものではなくて、専門分野で活躍したいと考える人です。表ではなくて物事のブレーン(脳)であることに居心地の良さを感じたり、自身強みを発揮出来る人ということですね。

【性質に合った環境】

 

橋田先生の経歴などを調べてみたところ・・・

幼少期はお父様のお仕事の関係で韓国にて育っていたようです。
会社経営とお土産物屋さんの経営。そのお店でお母さんも働いていて
近所の人に面倒を見てもらっていたくらいご両親が忙しく働いていたようですから、
決して貧しい生活をしていなかったことでしょう。
また橋田先生が9歳のときに勉学のために日本に戻ったようですから、蔑ろにされていたこともなく、一人っ子の橋田先生は丁寧に誇りを持って育つことが出居る環境が与えられていたと考えられます。

1025年生まれの橋田先生が9歳と言えば1934年!

東北の大凶作で娘の身売りなど続出
忠犬ハチ公銅像除幕式
海軍航海学校開校(横須賀市)

こんなことがあったそうです。
大凶作で娘が身体を売っていた時代、というかそれが当たり前にされていた時代
一方橋田家では娘の勉学のために帰国をするという選択が出来る余裕があったということです。

そして当時の貨幣価値と今を比べると

1円が現在の1767.3円 という時代のようです。
何が言いたいかというと。。。

こんな昔に男尊女卑とかくした環境で育っているということです。
この環境が橋田先生の持って生まれた性質にとても合っていたことで
自分らしく生きることが出来たのでしょう。

日本女子大を出て東大を受験するも不合格、東大に行って学者になるという願いは叶わなかったものの、早稲田に合格、そこで芝居というものに方向を変えていったようです。そして中退すると1949年TBSに入社。
1950年に脚本家助手としてデビュー。52年に単独脚本でデビュー。
1959年に秘書課異動を提示されたことで退職をして独立作家になる。

ここ!! 当時の女性であれば大抵の人が安定した正社員の居場所を選ぶことでしょう。でも橋田先生は「頭を使う専門分野」を自分の居場所と感じていたと考えます。
あ!秘書の皆さん✋ 秘書という仕事が頭を使わない仕事だと言っているわけではありません。

大手企業の秘書課=女性の居場所

であり、橋田先生がいる場所とは全く違う場所だったということです。

さて、3年間は営業をかけても全く鳴かず飛ばずだった橋田先生が
活躍する上でなくてはならない存在は石井ふく子プロデューサーです。

私の幼少期ドラマと言えばホームドラマで今となってみれば
この二人がタックを組んだ作品でした。

お母さん役=京塚雅子さん!

橋田先生が亡くなり調べてみると、改めて感じることですが、
私の子供の頃の夜のドラマは全てと言って良いほどそこにありました。

では石井ふく子先生という人はどんな人なのでしょう。

【石井ふく子という人】

7.10.9
ウセクセセ

自分にしか出来ないことにしか興味のない「自分軸」です。
少数の人にしか心を開かず、一人の時間を大切にする人です。

石井先生は橋田先生と打って変わってとても複雑な環境で育ったようです。
石井ふく子

橋田先生が石井先生の環境で育っていたとしたら、きっと時代を吹き飛ばすような自信を持つことはなかったと思いますが、石井先生は自分軸だったことで

「コンチクショーパワー」で頑張ることが出来たのでしょう。
また、社会に向けた石井先生の性質が「反骨精神」丸出しな性質です。
絶対負けない!!!私を見下した人を見返してやるーーーーーっ!!!
と悔しさが石井先生の成長に役立ったと言って良いでしょう。

でもね、、、

「家庭的」な性質をいっぱい持っている人なんです。。。
結婚はしていないようですし、お子さんもいないようですが、
本当は家族が大切で、家族のために頑張ることでパワーが漲る人!!!

ということで、「ホームドラマ」は彼女の、描いた羨ましかったり叶わなかった夢がカタチになったものなのかもしれません。

【石井先生にとっての憧れは橋田先生の常識】

全書したように、石井先生にとってホームドラマは憧れだったと考えられます。
一方橋田先生にとって自身の作品は彼女の常識だったのではないかと考えます。

お仕事でに彼女の強みは専門性、記憶力、観察力、道徳心と言ったものの組み合わせです。その性質が「脚本家」という専門分野で活躍するに至ったのでしょう。

ただ、橋田先生にとって家庭は、、、
・暖かいもの
・ウソ隠し事がないもの
・何より大切にしなければならないもの

PPFで教えるときに例える場合は

「サザエさん一家」

と呼ぶくらいあったかいものです。

橋田先生が結婚をする際、ご主人と約束したことは
殺人と不倫は書かないということが条件だったと言っていましたが、
そんなことを言わなくても橋田先生が書くものは家庭的になってしまう。。。
庶民的になってしまうのが性質から見て取れます。
そしてそんな性質ですから、何よりご主人を大切にしたのが理解出来ます。
癌で亡くなったそうですが、橋田先生は仕事を休んで看病したくて石井先生に
相談したところ、「仕事を休んだら癌だってことに気づいてしまう」と言われたことで
仕事を休まずに看病をしたそうです。

売れっ子脚本家が病人それも余命間もないがん患者の看病をするのは並大抵のことじゃなかったと思われますが、自分の大変さより癌が分かったらショックで死んでしまう!と繊細な夫の気持ちを優先させるところは、橋田先生が家庭を大切にする性質だということが見て取れます。

話が少し長くなってしまいましたが、家庭に憧れた石井先生とアットホームな家族を描かせたら、当たり前に身体の中から溢れ出て来る橋田先生のタッグは七色の強固な糸で結ばれた「縁」と言えるでしょう。

【ついでにピン子】

7.6.8
エビクヒス

自分軸しか持っていないピン子さん!
橋田先生の住む熱海に移り住んでいたんですね!
そのくらい本当に仲が良かったのでしょうが、最後を看取ったのもピン子さんだったようですね。橋田ファミリーと言われる人は大勢いるでしょうが、そこまで仲良くなったのは、、、長い間の起用するという事実が、目に見える優しさが大切な自分軸の信頼に繋がったのでしょう。世界的ドラマ「おしん」から始まって30年も続いたと言われる「渡る世間は鬼ばかり」。
下積み時代が長かったピン子さんを第一線に引き上げてくれたのは紛れもなく橋田先生なのでしょう。そしてPPFで目上との関係を見てみると納得!
橋田先生はピン子さんの理想の年の重ね方をしている人!

一緒にいることが本当に楽しかったのでしょう。
そして一人っ子で最愛のご主人も亡くしている橋田先生にとっても
ピン子さんの存在は本当にありがたいものだったでしょう。

橋田先生は社会軸です。自信をもって自分らしく生きるには
「誇り」が大切です。そんな橋田先生をご両親は先生にあった誇りが持てるよう
偶然育ててくれました。
あなたが社会軸なのであれば、チームワークとか、自分の成長とか、
小さな単位や自分自身のことを考えるより、誇りを持って生きていけるのか?
ということを選択基準にして欲しいと思います。
何をするときもです。損得や人柄が良く見られたいとかじゃないんです。
そんなことよりどっちが格好良いか?どっちがステキか?を常に選択基準にすることで大きく成功したり、自分らしく幸福になっていけるはずです。
PPFでは8つの方向からその人を分類しますが、一番大切なことはこの3つの軸です。

社会軸の皆さん✋
誇りを持てる大儀がありますか?
ワクワクするビジョンは明確になっていますか?
槍が降っても曲げられない志がありますか?
自分に合った生き方をすることが納得した未来を生み出します。
自分らしい選択をしてくださいね。

最後になりましたが、橋田先生沢山の癒される時間をありがとうございました。
ご冥福をお祈り申し上げます。

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